「知識と「脳力」と「能力」

「知識と「脳力」と「能力」の関係

 私たちにとって、教科書は絶対的なものでした。
 そして、長い年月をかけて、知識を詰め込んできました。
 でも、実際のところ、そんな知識は、ほとんど眠ったままです。

 知識というのは、人類の認識資産です。
 つまり、ご先祖様によって積み上げられてきた経験の結晶です。
 私たちは、それを、短時間で学びとることができます。
 これは、人類のみに与えられた特権です。
 (犬や猫などの動物は、学習したことは一代限りです)

 でも、人は、そんな知識を活かしきれていません。
 なぜ、知識を活かせないのかです。
 勉強して知識を詰め込むと、博学になり、クイズにも強くなります。
 でも、その知識は、体験(実感)の伴わない、こまぎれの情報にしかすぎません。
 ハードディスクに保存されているデータのようなものです。
 知識も、知恵としての活用ができなければ、宝の持ち腐れです。
 では、どうすれば、知恵としての活用が可能になるのかです。

 コンピュータでは、保存されているデータは、プログラムによって処理されます。
 こまぎれのデータを、検索したり連係したりして答えを導き出すのです。
 人の脳においても同じです。
 知識を活用できるかどうかは、脳内のプログラムによって決まるわけです。

 そのプログラムは、2種類に分けられます。
 「基本ソフト(OS)」と「応用ソフト(アプリケーションソフト)」です。
 応用ソフトは、基本ソフト(OS)の上で稼働しています。
 そのため、応用ソフトは、基本ソフトに依存することになります。
 人でいうと、「脳力」が、基本ソフトの役割をします。
 そして、「能力」が、その上で稼働する応用ソフトということになります。

 今の教育では、応用ソフトの機能アップのことしか眼中にありません。
 基本ソフトのほうには、まったく目が向けられていません。
 そのため、基本ソフトのほうは、極めて低機能です。
 おまけに、バグ(不具合)だらけということになります。

 私たちの脳には、高度な「能力(応用ソフト)」が搭載されています。
 そして、ハードディスクには、膨大な知識も保存されています。
 しかし、それらは、不完全な「脳力(基本ソフト)」の上で稼働していることになります。
 そのため、十分に機能することができません。
 また、想定外の失敗(エラー)も続発することになるわけです。
 つまり、成否のカギは、基本ソフトである「脳力」にあるということです。

 その基本ソフト(脳力)の形成に大事なのは、やはり子供の時期です。
 「三つ子の魂百まで」ということになります。
 3歳までに、とは言いませんが...
 身体の成長に移行する思春期までは、特に大事な時期といえます。

 では、どうやって、プログラミングしていくのかというと...
 それは、自らで、地道に取り組んでいくより他ありません。
 知識のように受け継ぐことができないのですから...
 そのために、必要になるのが、行動や実践です。
 または、脳内で実践する思考実験(シミュレーション)です。