菜園は学びの場

体験学習って何

今、菜園(農園)は学びの場として脚光を浴びています。
そして、子供たちの体験学習にも利用されるようになってきました。

では、そもそも体験学習って何のためにやるのでしょう...
わざわざ、子供たちに農作業をさせる必要があるの?
そんな時間があれば、もっと勉強をさせたほうが良いのでは?
ということになります。

今の子供たちの頭の中には、知識がいっぱい詰まっています。
でも、それは、こまぎれの知識です。
そのため、社会に出てから役に立ちません。
つまり、頭でっかちの(勉強はできても問題解決ができない)大人に育ってしまうのです。
なぜならば、その知識は、自分で体験して得たもの(知恵)ではないからです。

これでは、日本も衰退し、ダメになってしまいます。
自らで、世の中を切り開いていけるような人材を育成していかなければなりません。
そこで、体験を通しての学びが重視されるようになってきたのです。
でも、ただ、やみくもに、農作業をさせるだけでは意味がありません。
子供たちを、どういった方向に導いていくのかです。

方針を立てる前に、まずは、現状を把握しなければなりません。
では、今の科学的認識(教育)は、どの段階まで来ているのかです。
そして、どこに向かおうとしているのかです。
それが分からないと、リードすべき方向性も見えてきません。

今、人類は、科学の力で様々な問題を解決しようとしています。
でも、現実は、問題を複雑化させ、混迷の世界へと導くことになっています。
それは、今の科学では、ものごとを細分化して分析することしかできないからです。
そのため、枝葉(目先の現象)にとらわれ、本質をつかめません。
したがって、生み出される方法は、対症療法にとどまり、根本解決には至らないのです。

今、必要なのは、科学的認識(教育)を、次のステージへ押し上げるということです。
それができないと、人類は、破滅してしまいます。
では、どういったステージかというと...

さまざまに現れている問題は、どれも別個に存在しているわけではありません。
色んな要素が、複雑に絡み合っています。
その各要素間にも、主要なものと副次的なものなど、様々な関係があります。
まずは、こうした全体の関連性を明らかにできなければなりません。
そして、その中から問題解決のカギ(主要矛盾)を探し出していくことになります。

未来を拓く人材育成のために必要なのは、
ものごとを弁証法的に(事実に沿って)捉え、総合科学的にアプローチできる能力です。
こうした能力の育成は、子供のうちから行っていく必要があります。
なぜならば、いったん形成された脳回路(形式論理的な)は修正するのが困難だからです。

野菜を栽培するには、自然と対峙しなければなりません。
自然というのは、弁証法的存在そのものです。
したがって、菜園は、学びの場として最適なのです。

食害の理由

ここでは、野菜の無農薬栽培について考えてみましょう。
その前に、なぜ、野菜は、害虫に食べられるのかです。
そこに害虫がいるから?
でも、実際のところ、害虫はどこにでもいます。

クロコガネの幼虫・アヤモクメキリガの幼虫

地面にはヨトウ虫、地中にはコガネ虫の幼虫など、すぐ見つかります。
チョウやカメムシやアブラムシなども、いくらでも飛んできます。
そんな中でも、害虫の被害に遭う野菜、遭わない野菜があります。

つまり、害虫というのは、食害の原因ではないということです。
害虫は、あくまでも環境であり条件でしかありません。
食べられる野菜には、食べられる理由(原因)があるのです。

これは、私たち自身のことで考えてみればよくわかります。
私たちの周りには、インフルエンザウイルスはウヨウヨいます。
でも、インフルエンザにかかるのは一部の人です
つまり、原因は、環境側にではなく、主体(内因)にあるということです。

では、食害に遭うのに、どんな理由があるのかです。
ここでは、自然な食害と不自然な食害とに分けて考えることにします。

自然な食害

それを考えるにあたって、知っておきたいのが、野菜は新陳代謝しているということです。
それによって、野菜は、いつも新鮮さを保っていられます。
これを、私たちの身体に照らし合わせて見ると...

たとえば、骨です。
骨は堅いため、一度形成されると一生そのままのように思われがちです。
でも、実際は、破骨細胞という細胞が絶えず古い骨を溶かし続けています。
そして、刻々と、新たな骨に置き換わっているのです。
そのため、常に、若々しく弾力ある骨に保たれているわけです。

それが、害虫と何の関係があるのかというと...
害虫が、破骨細胞の役割を担っているということです。
野菜にとって、お荷物になるのが老化した葉です。
老化した葉は、光合成の能力も落ちて役に立ちません。
それなのに、エネルギーや水を浪費してしまいます。

野菜にとっては、そういった葉をすみやかに処理したいわけです。
そして、若い葉を育てたいのです。
害虫は、そのための手助けをしていることになります。
したがって、害虫が食べるのは老化した葉です。
新芽や若い葉は食べません。
こうした食害は、自然な食害です。
健全に育っていることになりますので心配いりません。

ときわ地這胡瓜

上は、「ときわ地這胡瓜」です。
矢印は、害虫に食べられた跡です。
でも、食べられている葉は、下側(外側)の老化した葉です。
上側(内側)の新芽や若い葉は何ともありません。
若い葉は、光合成する能力が活発です。
その若い葉を食べると、自分たちの食糧が消滅してしまうことになります。
自然は、そんなに愚かにできていません。

不自然な食害

では、不自然な食害とは...
それは、環境を乱したことによって起こる食害です。
その代表が、過剰施肥によるものです。

肥料というのは、土壌の生き物からすると不自然です。
土壌には、絶妙なバランスのもとに、多くの生き物たちが生活しています。
そこに、大量の肥料が撒かれると、土壌の生き物たちは大混乱です。
すみやかに、元の状態に戻さなければなりません。

そこで、野菜は、吸収した肥料分を葉っぱに貯えます。
つまり、軟弱徒長します。
そして、その葉っぱを害虫に食べてもらいます。
または、アブラムシに汁を吸ってもらいます。
移動できる害虫たちに、肥料分を運び出してもらうためです。
肥料分を食べた害虫たちは、どこかで亡骸となります。
そして、その地を肥やすことになります。
このように、自然は、常に全体の均衡が保たれるようになっています。

でも、さらにひどい状況だと、野菜は生きていけません。
そういう場合は、野菜も病原菌に感染して病気になります。
また、新芽や若い葉も食べられて消えてしまうことになります。
これは、野菜自身がその土地に適さないという場合も同様です。

自然というのは、厳密な秩序(法則)のもとに成り立っています。
その秩序に反するものは、そこに在り続けることはできません。
自然の力が消滅の方向に作用することになります。
そのため、そういう野菜は、早晩、解体されます。
そして、土に還されることになります。
つまり、害虫たちは、運搬や解体の役目を担って生まれてきているのです。

でも、人が、こうしたことを目にすると...
どうしても、害虫が野菜を枯らしてしまうように見えます。
そして、害虫という(悪の)レッテルを貼って抹消するという方向に走ってしまうのです。
それでは、対症療法(原因ではなく結果に対する対応)にしかなりません。
したがって、副作用が副作用を生み、問題を、ますます複雑化させることになります。

適地適作栽培

では、野菜を無農薬で育てるには、どうすれば良いのかですが...
それは、適地適作しかありません。
その土地に合った野菜を適期に適切に育てるしかないということです。
つまり、ごく当たり前のこと(普遍性)を追求するしかありません。
そのための基準になるのが、自然法則であり植物生理です。
形式的なマニュアルを基準にすると、自然から、かい離してしまいます。

健全に育った野菜は、不自然な食害に遭ったり病気になったりしません。
健全な葉の表面は、細胞の配列も整っています。
また、それを保護するロウ質の薄い皮膜もしっかりしています。
したがって、害虫は、健全な葉を食べることはありません。
害虫に食べて欲しい葉(肥料過多の葉や老化葉)は、これとは逆です。
自然には、こうした厳密な秩序があるのです。
野菜と害虫は、この秩序のもとに、お互いコミュニケーションを取り合って進化を遂げてきたわけです。
ここでは、そのことを自然法則と表現しています。
もし、こうした法則を無視し、新芽を食べ尽くすような害虫が現れると、当然のこと、全てが消滅してしまいます。
人類が、そういう害虫にならないように肝に銘じなければなりません。

雑草にも役割がある

健康な野菜を育てるには、何より土壌が健康でなければなりません。
でも、その土壌の健康創りは、外からのはたらきかけではできません。
雑草や様々な生き物たちの力を借りて内から整えるしかありません。

一般に、土壌は深く耕して柔らかくすることで野菜も良く育つと考えられています。
しかし、耕すと安定している土壌環境を乱すことになってしまいます。
土壌を深く耕すと、細菌など多くの生き物たちが死んでしまいます。
それによって、連作障害を起こしたり病気が蔓延するようになります。
土壌の有機物が減少すると、硬盤層が形成されてしまいます。
また、雨が降ると、土壌は壁土のように固まってしまいます。
そして、雨水と一緒に土が流出すると作土層そのものがなくなってしまいます。

特に、水はけの悪い土壌では、野菜の育ちが悪くなります。
そんな、土壌を健康に保ってくれるのが雑草です。
雑草が繁茂し根を張ると土壌にはたくさんの根穴ができます。
根穴が酸素の通り道になり、野菜の根の発育を促進します。
雨水や地下水の通り道にもなり、干ばつの影響も受けにくくなります。
水はけが良くなり、長雨の影響も受けにくくなります。
そして、雨や風から表土を守り土壌の流失を防いでくれます。
(川や海の汚染が減り環境への負荷が小さくなります)
雑草によって湿度や酸素量が適度に保たれることで微生物が活性化します。

下の写真では、畑の一面にツクシが生えています。
粘土質の畑ですが、スギナの根が縦横に張りめぐらすことで、土壌環境が整えられます。

ソラマメ

とはいっても、野菜の生育を邪魔する雑草は取り除きます。
根が強すぎるセイタカアワダチソウやヨモギ、ススキなど。
また、野菜の株元に生える草や大きくなって影を作る草などです。

雑草の役割を簡単に整理すると...

<土壌の環境を整える>
雑草の根が伸びると、土壌にたくさんの根穴ができます。
根穴は、水はけを良くし、長雨の影響を受けにくくします。
根穴が、酸素の通り道になり、根の発育が良くなります。
土壌の保水力をアップし、干ばつの影響を受けにくくします。
茎葉が、地表面を覆うことで、地表面が保護されます。
根が張ることで、雨や風から表土を守り流失を防ぎます
地温の変化もなめらかになります。

<生き物の環境を整える>
湿度や酸素量が適度に保たれ、好気性微生物が活性化します。
枯れた根は、微生物のエサになり分解されることで腐植が増えます。
水や空気の通り道になり、様ざまな生き物が生息できる環境を作ります
微生物の活性が高まると地温も高くなります。
微生物や雑草の根が、リン酸やミネラルを作物の根域に運びます。
生き物が増え生態系のバランスが整ってくると病虫害が減ります。
団粒構造が発達し、土同士の結びつきが強くなり表土の流失を防ぎます。
共生細菌が活性化すると、肥料が無くても、野菜がよく育つようになります。

肥料は必要か?

健康な野菜を育てるには、普通は、たっぷりの栄養が必要と考えられています。
でも、過剰に施肥された野菜は、強い根が育ちません。
そのため、軟弱で病気にかかりやすくなります。
無施肥の野菜は大地に深く根を張ります。
野菜の健康は根の生育で決まります。
そして、無施肥では、本来の生育速度でじっくり育ちます。
そのため、茎葉の細胞も緻密になり病虫害にも強くなります。
健康は、外からの力で創ることはできません。
逆に、外力によってでは内なる力を損なってしまいます。
つまり野菜本来の生命力を最大限に引き出すには、自然に近い環境が必要なのです。

ニンジン

なぜ無肥料で栄養失調にならないの?

野山の雑草や木々は、肥料が与えられているわけではありません。
それでも、過酷な環境の中でたくましく育っています。
たとえば、松は、岩場でも元気に育っています。
マツタケ菌など土壌の菌類と助け合っているからです。
私たちの腸に住んでいる腸内細菌も同じです。
こうした菌たちは、必要な栄養素を宿主からもらっています。
そして、宿主が必要とする栄養素を提供しています。
生き物はみんな、こうした菌たちと助け合って生きています。
それによって、野菜は、病原菌に対する抵抗力も高まります。
私たちも、腸内細菌のおかげで免疫力が高まるのと同じです。
でも、肥料が施されると、こうした共生関係は壊れてしまいます。
つまり、野菜は、無肥料だからこそ、健康に育つのです。